ペナン支店が開設出来ましたので、本格的に販売活動を始めました。 当時のペナン支店のお客はコンピューターの電源メーカー、ラジカセやステレオやカーステレオ等を製造する音響メーカーや電話機メーカーが主体でした。 そこで納入する製品はコンピューターの冷却用のファンモーター、スピーカー、ボールベアリング、変圧器、金型等でした。
お客様もソニーやシャープやクラリオン、ヤマハと言った日系メーカーの他にカナダのノーザンテレコム、ジェネラルエレクトリック(GE)、グルンディグ(GRUNDIG)やモトローラ等の欧米系のメーカーもありました。
朝事務所に出勤すると、その頃はメールと言う便利なシステムも有りませんでしたので、お客や本社や支店からのFAXが入っているかを確認して入っていたらその内容をよく読みます。 特にお客からのFAXは十分に注意をして読んで、自分で回答が出来るものはすぐに回答を入れて、本社や工場に確認しないといけないものは本社や工場の担当者にFAXで連絡を入れて回答を待ちます。 FAXはメールと比べると印刷されて出て来ますので、図面や細かい点の確認にはメールより素早く見て理解できるので、それなりに良い通信手段だったと思っています。
それから、前日とか前々日に訪問の予約を入れたお客を訪問するために、事務所を出て車でお客の工場まで運転して向かいます。 ペナン支店はマレーシアのペナン島という島のジョージタウンと言うマレーシア半島寄りの大きな町に有りましたので、ペナン島内以外のお客を訪問するときは片道で30分から遠い所は1時間半ほどかかりました。 マレーシアは天然ゴムとパークオイルの大産地ですので、ゴムの木の林やパーム椰子の林の間を通る道路を運転していきます。 ゴムの木は見た目は日本の白樺の木の感じに似ていますし太さや木の高さも似ています、その幹に切り込みを入れて、その切り込みの下に紐でコップの様な容器を結び付けて、その容器にゴムの樹液が溜まるようにしてあります。 採取のシーズンは 全ての木にその容器が結び付けてあり、中々の見ものな光景です。 中学校で習ったものを目の前で実際に見た時は感激したのものです。下の写真の1つ目がゴムの木、2つ目がパーム椰子の木です。
お客の工場に着いたら、警備員にどの部門の誰に会うかを告げて工場内に車を停めて受付に向かいます。 受け付けで誰誰さんとアポイントを取っていると告げると応接室で待たされます。 それから担当の人がやってきて、仕事の打ち合わせに入りますが仕事以上に色々な雑談もします、特に日系企業の担当者とは雑談の方が多いくらいです。 我々は色々なお客を廻って色々な話をしているので、お客はそういう話を新しい情報として聞きたがりますので、企業秘密になるようなもの以外はある程度教えてあげました、そうすることで親密になれて我々と接触すること の必要性も高まるからです。 もちろんゴルフの内容の話やどこのレストランのこんな食事が美味しいという話も良くしました。 あるときシーフードの店でカブトガニ(生きた化石と言われている一種)が食べると凄く元気が出るという話を聞き、食べに行きたいと思いましたが、やはり少し抵抗があって実際には食べませんでした。 カブトガニは日本でもとれますがマレーシアでは沢山取れるので食べても問題が無いとのことでした。
またマレーシアに駐在している日本人の殆どがドリアンを食べるのが大好きでした。 私もシンガポールに居た頃は臭いなあと思って食べなかったのですが、マレーシアで皆から美味しい美味しいと聞いたのでシーズンになると道端のあちこちで売っているドリアンを買って食べてみたら、甘くて舌ざわりはカマンベールチーズの様で臭みは感じないで本当に美味しかったのです。 私の経験ではドリアンの実の臭いは空気と触れ合う時間が長いと臭くなってくるので、実に近づいて食べると余り臭くないということと、食べて慣れたらあの匂いが食欲を呼び覚ます様になるということです、但し、手にはドリアンに触れた部分に実の一部がくっつくので手を洗うペットボトルは必ず用意しないとなりません、食べ終わったら水で手を洗ってティッシュペーパーで拭き取らないと、臭いが残ってしまいますから注意です。 お客を訪問した帰りに良く道端に車を停めてドリアンを1つ買って全部食べてから事務所に戻ったものです、本当にドリアンは美味しいです、果物の王様と言われるのも納得です。 またタイのドリアンは大きいですが、マレーシアのドリアンは小さく深いオレンジ色の年代を経た古木になるものが美味しいとされています。私はドリアンはタイよりマレーシアの古木になる実の方が美味しいと感じました。
脇道にそれましたので、本題に戻ります。 大体1日に2社~4社程度を毎日訪問していました。 訪問して事務所に戻るとその日訪問したお客との打ち合わせ内容を報告書にまとめてFAXでシンガポール本社に送ります、また新製品の見積り依頼を頂いた時は工場の担当者に図面や注文見込み数量や納期等を記載して、見積り依頼を送ります。 それが終わると退社時間になります。 お客と食事接待の約束をしている時は一旦自宅に戻ってカバン等をおいて、着替えてから約束のレストランに向かいます。 そういう動きが女子事務員一人と営業一人しかいない事務所での仕事でした。 慣れてきたらこちらからアポイントを取るために電話することはあまりなくお客の方からこの日に来てくれないかと声が掛かる様になりましたので、その点では楽でしたし、声を掛けて頂くと注文も確実にもらえました。
また、その頃は大きな工場のあるタイにはまだお客の企業が無く、営業支店も設立されていなかったので、お客がタイの工場見学に訪問するときはペナン支店の私がアテンドをすることになっていたので、毎月1回~2回くらいはペナンからバンコックに飛んで、お客の空港での出迎えからホテルのチェックイン、その夜の食事にレストランに案内して、翌日からの工場案内と工場メンバーとの打ち合わせの進行等をやっていましたので、結構忙しかったのです。 私はタイに工場を出すときから当時の貿易部員として、タイに出張して税関との打ち合わせや輸出入業務用のコンピューターシステムの稼働等で何百回も出張して自分で車も運転したりしてタイの土地勘は有ったのとタイ人の従業員とも顔見知りで、タイでのお客のアテンドにも困りませんでした。まだ売上も1500億円程度で発展途上の会社のそんな時代でしたので何でもやらされていましたが、楽しい思い出です。
ペナンでは日本人会に入りました。 色々な情報をもらえるのとゴルフの相手探しの目的でした。 日本人会にはソフトボールのチームが有り、メンバーが少ない事から私もチームに入れられてしまいました。 ピッチャーはペナンの大きな町のジョージタウンに一軒だけある日本料理店の板前さんがピッチャーでしたが、腕をクルクルっと回して下からビューンと球を投げる投げ方でなく山なりに緩い球を投げるのでいつも打たれて負けていました。 日本人会はメーカー関係の駐在員だけでなく、商社や農業関係や輸送業や船会社に勤めている方も居て、色々な話を聞けて大変勉強になりました。
次回は、お客から積極的に注文を頂く一方で品質クレームで対応に苦労した話等を書きたいと思います。
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